昭和52年06月27日 朝の御理解



 御理解 第36節
 「日本国中のあらゆる神を、みな信心すると言うが、それはあまりの信心じゃ。人に物を頼むにも、一人に任すと、その人が力を入れて世話をしてくれるが、多くの人に頼めば、相談に暮れて物事はかどらず。大工を雇うても、棟梁がなければならぬ。草木でも芯というたら一つじゃ。神信心もこの一心を出すと、すぐおかげが受けられる。」

 ある旅をする人が、山中で疲れたから一眠りしようと思うて一眠りしておる時に、うとうととしておる時に話し声がする。聞き耳を立てるとどこどこの八幡様とどこどこのお地蔵様とが、あの話しているのが、「あなたどこにお出でられるのですか」と、「この里の何々という家に、急病で助けてくれと言うて願いに来たから、今から行っておる所だ」とこう言う。「あぁあなたにも頼みに来たですか。私の方にも頼みに来たんですが、ならあなたがどうぞ先に行って下さい。」
 「いやあなたが。」と言うて私利比べしとるうちに死んでしもうたげな(笑い)。と言う様な、ね、これは本当に話のようですけれども、本当にその通りじゃないだろうかと、ね。信心が篤いというて、もう八百万の神が祭る神々様というて、朝起きると神願すると、ね、その拍手をパンパン、パンパン打ってから、周りをぐるっと自分が一回りしてから、もう日本中の神様を拝いだと、自分な思うておられる。
 「あぁあっちは、中々信心深い。日本中の神様をアッと言う間に拝まっしゃる」と言う様な事が、「あっちは、信心が手篤い」と、人は言うかも知れんけれども、それでは矢張りおかげにならん。そんな事をここでは言ってあると思うんですね。一心を定めるという事は。いつまぁでもいくら金光様の信心、特に最近もう合楽理念が絶対の理念だと。勿論絶対と言う事は、これで良いと言う事ではありませんけれども、「もう金光教の信心はもうこれに極まったんだと。
 これを私共は間違いなく歩いてさえ行けば、本当のおかげが頂けるんだ。愈々家繁盛子孫繁盛の道が開けるのだと。」というのが合楽理念です。ですから迷う事も何んにも要らん、その事一心に定めて合楽理念を愈々深く、広く分からせて貰うてそれに取り組む、言うなら姿勢を作ると言う事を一心と定めると、おかげが受けられるんです。ただ「私はもうどこの何様も拝まん。金光様だけ」と言った様な事も、ここにはあろうけれども、ね、最後に「すぐにおかげが受けられる」と言うのは。
 一心を立てるとすぐにおかげが受けられると言うのは、そう言う事だと。信心とはとにかく貫く事です。ね。もう信心はね。キチっとした信心。言うなら正確な信心。それはもうキチっとしたおかげが受けられるです。信心はしだごだにして、おかげだけはキチっとしたおかげを受けたい。そりゃあもうこりゃあ、まあ理が通りませんよね。それでも生身を持っておりますから、どうでも中々そのうキチっとが崩れる様な事もありますけれども、そこは一心にお詫びをさせて頂いて、改まらせて貰うて。
 またキチっとして行くと言う様な生き方を、愈々身に着けなければいけません。ね。この事だけは貫くぞと、ね、例えばここで、ね、神様が生き生きとした働きを現して下さるためには、神様が生き生きとしたお働きが出来れる事のために、私共が神様がままになられる事のために、大祓信行が無条件にあげられなきゃならない。大祓10巻10年続けたら、あなたの願いは必ず成就するとまで、言うなら言われておるくらいです。ね。これは南無妙法蓮華経ですけれども、文男先生のお得意さん。
 まあちいっとどっちかと言うなら人間の良か人がおんなさる。もうそれこそあばら家に住んで、まあ言うならば、あんまり楽な生活じゃなかった。所がある時たまたま創価学会に導かれる。それがもう単純ですね他のこたあ無い。とにかくあのうお題目ですから、南無妙法蓮華経をね、「何百巻なら何百巻、あなたが10年続くんなら、必ずあのう立派な家が建てられる」と導いた人が話したそうです。単純ですからもううそれを本当に真に受けてそれを貫いたち。
 そしたら10年目には、あのう古い家ではあるけれどもです、ね、大きな立派な家を建てた。そしてそれに子供達もついてきて、もう言うならここで言うならば信心研修会のような事を、その家が広いからその家で始めしておる。「文男さんあんたも一丁創価学会にならんか」と言うて、ね、勧められたという話を聞いた事がある。ね。たまたまそれを丁度その話を聞く時に、創価学会の池田大助さん、大作さんですかが書かれた本を、たまたま、あのう読ませて頂いた中に。
 創価学会の会長であります戸田、こう戸田何とかさんね、人がが矢張り過激な信心のために当時戦時中ですからね、所謂獄に繋がれる事になった。その獄の中でまあ色々。まあ信心を愈々深められたわけですけれども、まあだ11か12の息子さんに宛てた手紙が、その池田大助さん、大作さんの本の中に書いてありました。というのはそのう子供さんに「自分もお題目を、ね、何時から何時まで僕のために何十巻あげると。だから時間を同じゅうして、僕ももうあのお題目をあげれる修行をしないけない。
 お前も何時からあのうお題目をあげなさい」。ね。同じ時間に同じお題目を言うならいわゆる南無妙法蓮華経を、言わば唱え続ける、ね、親子の心が交流しない筈は絶対無い。必ず通う。ね。「これはお父さんと僕との間の固い約束だよ」と書いてあった。ね。「親子同盟だよ。」と書いてあった。ね。親子が同盟した。私はそれに非常に打たれました。丁度そんなそんな時に、たまたま文男先生が今の話をしたんです。ね。なら合楽で例えば大祓いをですね、5巻なら5巻、10巻なら10巻大祓信行と言う。
 もう皆が本当に一生懸命、始めた時にはやっておったけれども、段々薄らいできて、ね、それが欠けたり出来たり出来なかったりと言った様な人が、まあ沢山あった。そしておかげを頂きたい。私はもし私の信者時代にですね、この事を聞いとったらね、恐らくもう貫き通しただろうと思います。そげん簡単な事ですから。しかもその時分の私の、なら大祓信行はどういうことじゃったかと、信行じゃなくて大祓いは、何十巻もあげておりましたけれども、どうでもおかげを頂かねばならん。
 その修行のためにあげておった大祓いなんです。だからそれでは駄目だと言うんです。もう自分、自分のためにあげよるとじゃから。ね。だから大祓信行だけはどこまでも、ね、神様の言うならば、御神飯を奉るような気持、神様が生き生きとして見える事のために。ね。神様が栄養失調になってござる。その神様に言うなら御神飯をお供えするような積りで、大祓信行の徹底をしなければいけないと、私は去年この信行ですから、去年の正月に、この事を皆さんに聞いて貰うておる。
 今大祓信行が合楽で言われるようになって、もうだから2年に、何ヶ月にやんがてなるわけなんです。そのうまあだ1年か1年半位で崩れる様な事では、本当なおかげは受けられませんですね。ね。大祓信行が始って暫くの時でした。池田先生が大祓信行を一生懸命させて貰うて、何か遅かったか何かでしょう。一晩大祓いをあげずに休んだ。そしたらお夢の中に、御神飯が崩れておるお知らせを頂いた。言うならばもう毎日神様が楽しんで頂きよんなさったつを、ね、神様がままになられん事になった。
 「一晩だって一日だって、欠く事はいけないぞ」と、まあ知らせておられるわけです。ね。きちっとしたおかげを頂きたければ、この神様はもう絶対きちっとしたおかげを頂かれるようになるです。ね。しだごたならやっぱり、しだごだのおかげは頂きますよ。ね。貫くと言うたら私は貫かなければ、本当の所には到達しないと思うです。これは銘々の信心の程度ですから、様々な信心修行をなら貫くなら貫くと、ね。
 これだけは貫くと一心に定める。これだけはどんな事があってもね、しだごだにしてはならんと心に一心定める。そういう一心が出来たらです、必ずおかげが頂かれます。いわゆる「一心と定めたら、すぐにおかげが受けられる」と仰るのはこれです。「神信心もこの一心を出すと、すぐおかげが受けられる」と。昨日は上滝3ところの勇さんが亡くなられてから、丁度昨日が25年、まる25年になって、25年の式年祭が、もう上滝さんの信心が始って初めて本式に、ね。
 今日は立ち日命日だから、今日は帰幽日だからと言うて、まあ言うならざっとした霊様へのお祭りはしておりましたけれども、もう言うならば本式に祈りに祈り、願いに願って、丁度昨日が帰幽日にあたり、25回目の帰幽日にあたりますから、勇さんの兄弟が皆んな来てました。勿論自分の兄弟も全部、それに息子さん達は皆夫婦でお参りを、皆んなで25名親戚一同皆んな集まってしよりました。そしてまあ言うならば、本式に盛大にここで式年祭がございました。
 神様にお礼を申させて頂いておりましたら、あのうお雑煮ともおすましともわからないような、あのうお餅お餅をね、あのう浅草海苔で巻いて、それがあのうおつゆの中に入れてあった。それこそ濁ってますから、お雑煮のようにもあるし、お吸い物のようにもある。だからお餅と言う事は心持ちといいますから。真心込めての言うならば、初めてのお祭りだったわけです。
 海苔というのは、あぁそれこそ歌の文句じゃないですけれども、「色が黒ても浅草海苔は、米のおまんまの肌を巻く」と言うように、ね、いわゆるその「ままになる」と言う。そういう言うなら浅草海苔的な信心で、霊様がままになられた喜ばれると言う事でしたでしょう。ね。私は昨日改めて、あのう気づかせて頂いたんですけれども、上滝さんが亡くなってから送り名を頂きました。その時分に教師のそれも、もう相当信心を積んだ人じゃなからな頂けないような、素晴らしい送り名を頂いておりました。
 上滝イサムマコトノミチワケ大人霊神という。マコトのミチワケね、マコトのミチをワケルという大人霊神、ね。マコトのミチワケタカチネ大人霊神でした。もう本当にあのう、まぁ言うなら堂々たる送り名です。それを私昨日改めて気づかせて頂いて、本当に例え25年間、昨日子供達が皆んな来とりましたが、この人が4つの時でした。この人が6つの時でした。僕が小学校一番長男が6年生でした。
 丁度2番目の息子が、今34だそうですから34で亡くなった。「丁度僕の年に父が亡くなった」と。そりゃあ大変な事だっただろう。しかもこの息子達を全部、あのう大学を出してそしてそれぞれに嫁を貰うてやって、それぞれの一家をなさしめて、自分の家ではあんな立派な普請をして、もうそれこそ合楽の小型と言われる、自分でも言う位に回遊式のお庭で、中庭まであるような、今度茶室風のどうしょうにんぷや(?)風の家を建ててから丁度中庭が出来てね。
 もう本当にそして自分は、絵の稽古とかお習字の稽古とか、お茶とか花とかの稽古さして貰える位にまぁ言うならば、お百姓さんでありながら優雅な、言うなら生活が段々出きる様に成ったと言う事。ですからこれが例えば上滝さん、これだけのおかげを頂いて「あぁあっちは信心しなさるけん、これだけのおかげを頂いた」と言うならば、もう誰でもついて来ない筈はないよと、私は申しました。
 けれども「はぁあっちは、おミチ(?)さんが、中々工面が良いから、理詰めが良いから。そしてあれだけ働くから、そして子供達の出来が良いから出来た」としか皆んな思ってない。兄弟達親戚中でん近所の人でもそう。だから一人もそれについて来るという者がいない。道分けにならない。昨日は私と若先生と和子さんと長瀬先生と4人で仕えました。そっで例えばんならあの時分に、あんた方のお父さんが、あぁ総代をしておりましたが、あの時分の総代仲間の家は。
 まず秋永先生所が、長男がお道の教師にお取り立て頂いた。久富先生が2番目の息子がお道の教師になった。秋山さんが息子が今度学院に行った。今日お祭りを仕えた長瀬さんは、長瀬さん所の長男だよ。皆んな道分けになった。しかもお道の教師を志して、それこそ大きな道分けをしようと言う様な働きになって来た。ね。そこでなら上滝さん是までの信心は、ならただ自分の家に、自分の子供達の家におかげを受けてきたと言う事で、になるから、ね、是からは言うならば、道分けが出来るような信心。
 それにはどうでも、合楽理念を基にしての信心生活が、愈々例えば出来るようなおかげを頂くために、一心と思いを一つ切り替えなさいと。自分方達が立派になった、自分の子供達が立派に出来たというだけじゃ、もう誰でもこれ程のなら、おかげの手本を持ちながら、人が手本と言わないじゃないか。ね。だからそれは結局なら、ただ私がおかげを頂くという、私一家がおかげを頂くと言う事ではそれだけですから、なら今日のご理解を頂くとですね、本当に真の道が開けてくる様な言うならば。
 合楽理念を土台にした信心生活を、本気でさせて頂こうと言う事になりゃあ、信心の言うならばおかげを受けるお徳を受ける。一切がその中に含まれておる。しかもなら一心をたてたら、決して難しい事じゃない。ね。だから一心をたてたら今度はそれを貫かなきゃいかん。しだごだにしたらしだごだ。いくら合楽理念を基にした所で、しだごだの信心でありゃあ矢張りしだごだ。ね。そういう素晴らしい信心を、例えば一心発起してもです、ね、途中でそれが挫折したら、矢張りおかげもそこから挫折するだけです。
 お徳と言う所まではいけん。そういう意味で本気で合楽理念をマスターして、合楽理念の、言うならば行者でありたい事を、愈々一心と立ててこれからの信心は、ね、あんたん所には、自分方にそうしたおかげの手本というものを持っておるんだから、ね、神様が上滝一家を使うて、ならあなた方の真似をするような、信心者があなたん所の周囲に出来て来るようなおかげを頂きたなさい。と言うて申しました事でした。ね。
 折角信心をさせて頂くのですから、矢張りそこに一心発起。ね、そしていわゆる本当の信心生活。真の信心すりゃ絶対真のおかげが受けられるんです。その「真の信心とは」と言う事を実に見易く説いてある。合楽理念は。ね。これだけ真の信心するのに、おかげはどこから漏れよるじゃろうかと思いよったら、それこそ「成せば成る 成さねばならぬ何事も 成さぬはおのれが成さぬなりけり」という、大変難しい感じですけれども、難しいことじゃない。
 成そうと思うたら子供でも成せれる様な事を良か良かで、言うならば疎かにしておった所からおかげが漏っておったと気がついたら、そこん所をキチッとしていくと言う事が、子供でも「成せば成す」と言う事なのだから、出来ん事はない。ね。そして合楽理念の、言うなら実証者、親先生が言うておる通りに、親先生は嘘は言うてないという、おかげの実証を立てさせて頂く時に愈々、ね、合楽理念が、ね、それこそ津々浦々に広がっていく時でしょう。
 「親先生だけはおかげ頂く」。「末永先生だけはなるほどブラジルの地でそうしたおかげを頂いておる」。「だから、ありゃ特別」と言わずに、ね、言うならば、ね、私は本当にね、あのう貫くと言う様な事でもね、矢張り、根性がなからなければ出来ません。「良か良か。」になってしまうです。しだごだの信心して、おかげだけはキチッとした本当のおかげを頂きたいと言う事は、虫がよすぎると思う。今日私はそういうね、あのう難しくもない事から入っていいのです。ね。
 「もうとても自分どんには出来ん。」ちゅうぐらいのこつを、始めから思い立つこつは要らんです。合楽理念は皆んなどの行に入っても見易う出来る事になってるです。ね。ですからそのうまぁ言うなら1ヶ条、1ヶ条をです、ね、身に着けて行く内に、信心が有り難うなり楽しゅうなり、ね、そして愉快な信心生活を身に着けて行く事が出来るんです。もう止めようにも止められないという程しの所まで、私は信心を進めて行くと言う事が信心辛抱だ。そういう腹を決めるということ。ね。
 上滝さん25年間も、ただ子供達の手足が伸ばにゃならん。とにかく「女ながらが」と人からつけこまれる様な事があっちゃならん。さあい良いよん時にゃもう親先生にお縋りして、親先生任せで、ね、人が金でも借り来たっちゃ「もう絶対親先生がいかんち言いなさるから、いかん」で押し通して来た。そしてなら今日この様なおかげを頂いておる。それこそ男であっても、中々生活でんやっとかっとという中に、ね。
 それこそあの良う女手一つで、しかもやんがて90近くになる婆様を抱えて、その4人の子供達を皆んな、それぞれの教育をつけてそれぞれの、言わば一家を成すだけの事に仕上げておるという母親の、そのー言うならば、生活態度は本当に見事である。けれどもそれはどこまでも合楽一家じゃない、上滝一家の事のための信心ですから、これだけの素晴らしい手本を頂きながら、誰もついて来んじゃないですか。兄弟ですらついて来んじゃないですか。ね。
 「ありゃ妹が」、例えば姉さん達も何人も来ちょったが、「ありゃ妹が理詰めが良いけんで」、「一生懸命働くけん、あげん出来た」としか思っていない。ね。神様のおかげおかげと言うても、おかげと向こうに伝わらない。そこでです「これだけのおかげの土台を頂いたんだから、これからはです。例えばあんた方のお父さんが、信心友達の人達がそれぞれに、道分けの言うならばおかげを頂いておるように、ね。
 真の道が分けられるようなおかげを、一つ、一心発起しなければいけないよ。」と言うて、お祭りの後のお話をさせて頂いた事でした。ね。だからどうでも一つあのう間違いの無いという、それこそあのう戸田城聖さんじゃないけれども、子供なら子供とですお父さんとなんが、獄窓と言わば自分僕のお家とこんなに遠く離れておるけれども、同じ時間に、ね、同じお題目を一生懸命唱え続けるなら、必ず親子の間の交流が起こると。ね、これはもう「固く親と子が決めた、言うなら親子同盟だよ」と。
 子供に対してそういう信心の躾をしていくと、ね、それにはならその城聖さん自身がです、それだけキチッとした信心が出来た、信念に満ちた言うならその事を子供に伝えた。言うなら、自分が周辺にそういう間違いの無いものをです、伝えていけれる信心の確立、それを言うならば、合楽理念の確立と言う事は、銘々の心の中に銘々の家の中に、いわゆる合楽理念の確立を急ぎ、または願わなければならんと言う事になるわけですね。      どうぞ。